富岡駅から大熊・双葉・浪江・小高

2022年4月12日、富岡駅から10時ごろスタートして、小高駅まで走った。途中、大熊から双葉の間は自転車では通過できないためJR常磐線で大野駅~双葉駅の一駅だけ輪行した。

富岡駅から大熊町へ

富岡町夜ノ森の桜トンネルは昨年まで出入り禁止だったのに、今春は車だけでなく、いきなり人が歩いて観桜できるようになっていた。

遅々として進まない復興と新たな息吹とがこのあたりには混在している。

大熊町の大川原では新しい街ができている。大川原は相馬藩の南の境に位置し、藩の前衛守備隊の村だったところ。この街は、「調練原」という馬術の訓練に使われた土地に震災後全く新しく建設された。

大川原の椎ノ木は変わらない勇姿を保っている。

他方で人が住まなくなった家や更地が増えた。これは大川原にある私の母の実家だが、今は跡継ぎがいない空き家になっている。

新しい街には商店、食事処、温浴施設、ホテル、ジムなどがまとまってある。

軽食レインボーでお昼を食べた。このあたりは週日の復興需要で経営を支えているので、週末に来ると開いてないことが多いので注意。

大野駅前にあるガソリンスタンド。当時、ガソリンを求める住民が殺到したに違いない。メーターは最後の給油のまま止まっている。メーター右にある時計はソーラー電波時計のため、311以来11年以上、一秒も休まずズレず動き続けている。こんな時計は原発20km圏内でこれだけではないだろうか。

大野駅から双葉駅へ輪行

大熊町から双葉町の間の国道6号線は自転車では通れない部分が4kmほどある。国道6号や国道288号は原付以上なら通れるようになったが、歩行者と自転車は通行禁止のまま。そのため、JR常磐線で一駅間だけ輪行するしかない。写真は大野駅。

5分で双葉駅到着。駅周辺は自転車や歩行者でも自由に通行できる。

福島第一原発周辺の通行規制

原発近くの道路で自動車、自動二輪車、原付、自転車・歩行者が通れる道をマップにまとめた(2022年4月現在)。赤線で囲った帰還困難区域は基本的に立入禁止。ただし、赤線の道路は自動車や自動二輪、原付が通行可能。青線は四輪の自動車のみ通行可能。緑の常磐道は通常どおり(つまり125cc以上の自動二輪と自動車が通行可)。帰還困難区域内でも青で塗ったエリアは自転車・歩行者が自由に通行できる。そのため、双葉から浪江間は海岸側を通って抜けられるが、大熊から双葉の間は、自転車・歩行者が通り抜けられる道がない。

双葉町内をめぐり、沿岸部を通って浪江へ

双葉町は、2022年4月現在、「準備宿泊」という制度で数軒の住民が居住している。駅周辺には空き地が多いが、Futaba Art Districtと称して、あちこちの建物の壁に絵が描かれている。

双葉町にも311当時のままの姿と復旧復興された姿が同居している。上の写真は、下半分を入れ替えて復旧した初発神社と崩れたままのお寺。

双葉町には東日本大震災と原発事故の「伝承館」があるが、この日は火曜日で閉館だった。

伝承館近くの海岸の堤防を登れば、太平洋を望むことができる。写真の「ふたばマリンハウス」では近所の人が3階に避難して生き残った。ここの管理者は、津波が来たときに外にいたが、近くの松の木にしがみついて助かったという。この奥3kmに第一原発がある。

双葉町から浪江町へは、海岸沿いを走れば抜けることができる。浪江町の震災遺構請戸小学校は、火曜日で閉館だった。慰霊碑のある丘から請戸小学校を眺めた。請戸小の児童と先生は学校から走って避難してここの高台に登り、全員が助かった。

南相馬市の小高でゴール

浪江町から旧6号国道を通って南相馬市小高区へ。江戸時代のはじめまでの約300年間、相馬藩の城があった小高神社に詣でた。度重なる地震で鳥居がなくなっている。

小高駅でゴールとした。

※ご希望であれば、このあたりを自転車でご案内します(無料)。お問い合わせからご連絡ください。

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