束松峠

2022年5月18日、会津坂下町と西会津町の境にある旧越後街道の峠、束松(たばねまつ)峠を越えてみた。束松峠は会津と新発田を結んだ旧越後街道の峠で、明治15年から進められた会津三方道路の建設により藤峠に取って代わられるまで、西会津方面への主要な峠だった。束松とは、枝を束ねて立てたような形状の松で、この辺りに自生する独特の松。江戸時代まで峠の頂きに大きな束松があったことから束松峠と呼ばれるようになった。束松の子孫は、三本松、子束松、孫束松、曾孫束松などと名付けられていたが、多くが枯死したとのこと。

田植えの季節。飯豊連峰が美しい。

束松事件の跡地に車をとめ、MTBで出発。束松事件とは、戊辰戦争後の会津で民政局の役人を務めていた越前藩士が故郷へ帰る途中、ここで会津藩士に斬られたというもの。

峠の麓には、街道を挟んで北に天屋(てんや)、南に本名(ほんな)の集落がある。

峠の入り口。指導標に「新道」、「旧越後路」とあるが後者の方向に進む。

藪こぎ覚悟だったが、道はきれいに維持されていて、なんの苦労もなく進めた。これでも県道341号別舟渡線に指定されている。

六地蔵
曾孫(ひこ)束松
一里塚

大正14年に一里塚の手前で大きな地すべりが起きたという。地すべり地点や峠の手前には急なアップダウンがある。

束松峠に到着。昔、峠の茶屋があった跡地には四阿が立つ。左手に会津磐梯山がはっきりと見えた。茶屋の住人はここから柳津の花火を見るのを楽しみにしていたという。四阿の周辺はきれいに草刈りがされていた。

束松峠から西会津町側への道はきれいに草刈りした跡があった。100%MTBに乗って下ることができた。快適すぎて写真を撮るのも怠った。舗装道路に出てからは国道49号の藤トンネルを越えて出発地点に戻った。

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